【ペンキと開国】金海奇観 二巻 ペルリ神奈川応接図巻
横浜応接所の建物の大きさについて日米双方の記述がありますが、日本側の記述では『木造平屋建で間口八間奥行四間中央を談判会議室とし』とあります。金海奇観 二巻 ペルリ神奈川応接図巻(下図)によればXX色で囲まれた部分を指します。
『本邦ペンキ由来記』によれば応接所の大きさは間口8間奥行4間(およそ104u)、米国側の記述ではおよそ40feet四方(144u)ということです。金海奇観の絵によれば玄関を含むその他の広さが約20畳(36u)あり、表現方法が違うだけでほぼ同じ広さのようです。
日本側からみた図
上
図
@の位置から見た図(屋外)
ペリー一行が上陸し、応接所へ向かって行進しているところ。
上図A玄関前であいさつを交わしているところ。
上図Bの位置から見た図(屋内)
天井板が張ってあるが、ハイネの絵はテント内部のように見える。
アメリカ側からみた図
上図aの位置から見た図(屋外)
1884年3月4日ペリー上陸のところ(ハイネ:石版画)
上図bから見た図(屋外)
応接所玄関の屋根がキャンバスに見える
上図cから見た図(屋内)
畳の上に白地の布で中央が赤絨毯。内室の壁は紫の絹地に紋章を白刺繍、天井は白布で覆われている。